業種別サステナ経営事例集

宿泊業の地域連携型サステナブル経営:アメニティ見直しと地元貢献で実現する顧客満足度向上とコスト削減

Tags: 宿泊業, サステナブルツーリズム, アメニティ削減, 地域連携, コスト削減

導入:宿泊業経営者の新たな挑戦とサステナブル経営の可能性

観光産業において、地域に根差した中小規模の宿泊施設は、その土地ならではの魅力で多くの人々を惹きつけています。しかし、近年は競争の激化、人手不足、そして環境意識の高まりという多岐にわたる課題に直面しています。特に環境問題への対応は、コスト増や従業員への負担を懸念し、何から手をつければ良いのか戸惑う経営者の方も少なくないでしょう。

本稿では、そうした課題に直面しながらも、サステナブルな経営へと舵を切り、具体的な成果を上げた地域密着型宿泊施設の事例をご紹介します。この事例は、使い捨てアメニティの見直しと地域との連携を深めることで、環境負荷の低減、コスト削減、さらには顧客満足度の向上と地域活性化まで実現したものです。専門知識や多額の投資がなくても、身近なところから始められるサステナブル経営のヒントがここにあります。

事例紹介:老舗旅館が実践した「地域と共にある」サステナブル経営

企業概要と取り組み開始前の課題

今回ご紹介するのは、景勝地に位置する創業50年の中規模旅館「山水閣(仮称)」です。客室数は20室程度で、家族経営を中心に地元の従業員を雇用しています。長年培ってきた「おもてなし」の精神は高く評価されていましたが、近年は、特に若い世代の顧客層から環境への配慮を求める声が散見されるようになりました。使い捨てアメニティの多さ、食品ロスの問題、そして地域との関わりの希薄さが、将来の持続可能性を考える上で課題として認識されていました。

経営陣は、このままでは顧客ニーズの変化に対応できず、旅館の魅力も薄れていくという危機感を抱きました。しかし、大規模な改修や最新設備の導入は資金的に困難であり、従業員への新たな負担も避けたいと考えていました。

具体的なサステナブルな取り組み内容とその実施方法

山水閣が取り組んだのは、以下の三つの柱を軸としたサステナブル経営です。

  1. 使い捨てアメニティの見直しと廃棄物削減

    • 大容量ディスペンサーの導入: シャンプー、コンディショナー、ボディソープは、客室ごとにボトルを設置する代わりに、補充式の大容量ディスペンサーに切り替えました。これにより、プラスチック容器の廃棄量を大幅に削減しました。
    • 歯ブラシ・カミソリの有料化または選択制: 客室への常備を取りやめ、フロントで必要な方にのみ提供する形に変更しました。歯ブラシは竹製など環境配慮型のものも導入し、顧客が選択できるようにしました。
    • 連泊時のリネン・タオルの交換頻度見直し: 顧客の意思を尊重し、不要な場合は交換しない旨を案内するカードを設置しました。
  2. 地元の生産者・事業者との連携強化

    • 地元産食材の積極的な使用: 食事提供において、地元で採れた旬の野菜、魚介類、米などを積極的に使用する方針を徹底しました。これにより、フードマイレージ(食材輸送にかかる環境負荷)の削減に貢献し、地域の生産者支援にも繋がりました。
    • 地元体験プログラムの導入: 地域の観光協会や体験事業者と連携し、農業体験、漁業体験、伝統工芸体験などのオプションを宿泊客に提供開始しました。送迎には地元のタクシー会社を利用するなど、地域全体での経済循環を意識しました。
    • 地元の工芸品・特産品販売: ロビーの一角に地元特産品を販売するコーナーを設け、宿泊客が旅の思い出として持ち帰れるようにしました。
  3. 従業員の意識向上と地域貢献

    • 定期的な勉強会の実施: SDGs(持続可能な開発目標)に関する基礎知識や、旅館のサステナブルな取り組みの意義について、全従業員を対象とした勉強会を定期的に開催しました。
    • 清掃活動への参加: 旅館周辺の道路や海岸の清掃活動に、従業員が自主的に参加する機会を設けました。

導入プロセス、かかったコストや運用上の負担

取り組みの導入は、段階的に進められました。まず、経営陣と従業員代表で構成される「サステナブル推進チーム」を立ち上げ、現状分析と具体的な行動計画を策定しました。

導入にあたっての従業員の負担は、当初は新しい運用方法への慣れが必要でしたが、目的を共有し、日々の業務に落とし込むことでスムーズに移行できました。特に、顧客からの質問への対応は、旅館の取り組みを理解し、自信を持って説明できることが重要であると認識し、接客マニュアルを整備しました。

取り組みによって得られた具体的な成果

山水閣のサステナブルな取り組みは、多岐にわたる具体的な成果をもたらしました。

  1. コスト削減効果:

    • アメニティ費の年間20%削減: 使い捨てアメニティの購入費用が年間約80万円削減されました。
    • 廃棄物処理費の年間15%削減: プラスチックごみなどの量が減り、廃棄物処理にかかる費用が年間約15万円削減されました。
    • 食材原価の安定化: 地元生産者との直接契約が増えたことで、市場価格の変動リスクを一部回避し、安定的な原価管理が可能になりました。
  2. 売上向上と新規顧客獲得:

    • 宿泊プランの多様化と高付加価値化: 「エコプラン」「地元体験満喫プラン」などを導入し、環境意識の高い顧客層や、地域文化に触れたい顧客層からの予約が増加しました。特に「エコプラン」は通常のプランよりも500円安価に設定することで、選択を促し、結果として全体の宿泊者数増加に貢献しました。
    • 顧客満足度とリピート率の向上: 環境配慮と地域貢献の姿勢が評価され、宿泊客からのアンケートでは「企業の理念に共感できた」「地元食材が美味しかった」といった肯定的な意見が増加しました。リピート率は前年比で5ポイント上昇しました。
    • メディア露出と企業イメージ向上: 地域貢献活動やサステナブルな取り組みが地元メディアに取り上げられ、新聞や観光情報誌に掲載されました。これにより、旅館の知名度が向上し、予約にも繋がりました。
  3. 従業員のモチベーション向上と定着率の改善:

    • 従業員は、自分たちの仕事が環境保護や地域活性化に貢献しているという実感を得られ、業務に対する誇りやモチベーションが向上しました。
    • 外部から「サステナブル経営に取り組む良い職場」という評価を受けることで、従業員の定着率も安定し、新たな人材採用においても良い影響が見られました。
  4. 新たな取引先の獲得と地域経済への貢献:

    • 地元農家、漁師、体験事業者など、新たなパートナーシップが生まれました。これにより、山水閣だけでなく、地域全体の経済活性化にも貢献しています。

結論:小さな一歩から始まるサステナブル経営の大きな可能性

山水閣の事例は、中小規模の宿泊施設がサステナブル経営に取り組む上で、多額の初期投資や専門知識がなくとも、具体的な成果を上げられることを示しています。この成功事例から、他の企業が学び、自社に取り入れられるヒントを以下にまとめます。

サステナブル経営は、環境問題への対応だけでなく、企業価値の向上、コスト削減、そして従業員の働きがい向上といった、多面的なメリットをもたらします。山水閣の事例は、地域と共に歩む中小企業の皆様にとって、具体的な一歩を踏み出す上での貴重な示唆となることでしょう。