食品加工業における食品ロス削減:コスト半減と従業員の「もったいない」意識が拓く新たな価値
導入:食品ロス削減が中小企業にもたらす多角的なメリット
中小企業の経営において、サステナブルな取り組みは、時に「コスト増」や「業務負担の増加」といった懸念と結びつけられがちです。しかし、中には企業の競争力を高め、財務面にも好影響をもたらす実践的な事例も存在します。特に食品加工業において、その事業活動と密接に関わる「食品ロス」の削減は、単なる環境貢献に留まらず、具体的なコスト削減や生産性の向上、さらには従業員のモチベーション向上といった多角的なメリットを生み出す可能性を秘めています。
この事例では、ある食品加工会社が、特別な高額な設備投資をすることなく、従業員一人ひとりの意識変革と日々の業務改善を通じて食品ロスを大幅に削減し、経営成果へと繋げた具体的な道のりをご紹介いたします。コストや取り組みの負担に不安を感じている経営者の皆様にとって、自社でも実践可能なヒントが詰まっていることでしょう。
株式会社「地元の恵み」の挑戦:廃棄物からの脱却
企業概要と取り組み前の課題
今回ご紹介するのは、従業員数約80名の惣菜および加工食品を製造販売する株式会社「地元の恵み」(仮称)です。同社は、新鮮な地元食材を活かしたこだわりの商品で地域に根ざした経営を続けてきました。しかし、製造工程で発生する食材の端材や規格外品、あるいは需要予測のずれによる売れ残りなど、年間約1,500万円に上る廃棄物処理費が経営を圧迫しているという課題を抱えていました。
また、従業員の間でも「せっかくの食材が無駄になるのはもったいない」「毎日これだけの廃棄物が出るのは心が痛む」といった声が聞かれ、漠然とした課題意識は共有されていたものの、具体的な改善策には至っていませんでした。環境への配慮という点でも、地域社会とのより良い共生を目指す上で、食品ロス問題への対応は喫緊の課題となっていました。
具体的なサステナブルな取り組み内容とその実施方法
「地元の恵み」では、2020年から食品ロス削減を経営の重要課題と位置づけ、「もったいないをなくそうプロジェクト」を発足させました。このプロジェクトは、トップダウンで目標設定を行う一方で、現場の従業員が主体的に改善策を立案し実行するボトムアップのアプローチを重視しました。具体的な取り組み内容は以下の通りです。
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食品ロス発生源の特定と可視化:
- 製造ラインごとに、どの工程で、どのような食材が、どれくらいの量、ロスとして発生しているかを日次で記録する仕組みを導入しました。これにより、漠然とした「ロス」を具体的な数値として把握できるようになりました。
- データは週次で集計され、製造部門のミーティングで共有。従業員全員が現状を認識し、課題を共有する場となりました。
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製造計画と発注の見直し:
- 過去の販売実績データと天気予報、地域のイベント情報などを総合的に分析し、より精度の高い需要予測を行うための簡易的な予測ツールを導入しました。これにより、過剰な製造や食材の過剰発注を抑制できるようになりました。
- 製造ロットの見直しや、市場の状況に応じた柔軟な製造計画への変更が容易になりました。
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規格外品や端材の有効活用:
- これまでは廃棄していた、形が不揃いな野菜や、肉・魚の端材などを活用した新商品の開発に挑戦しました。具体的には、「野菜たっぷりのおかずスープ」や「魚介の旨みたっぷりアヒージョ」など、規格外品を主原料とした限定商品を開発し、社内販売やイベントでの提供を行いました。
- 社内では「もったいない活用レシピコンテスト」を実施し、従業員からアイデアを募り、優秀なアイデアは実際に商品化を検討する機会を与えました。
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従業員への意識付けと参加促進:
- 全従業員を対象に、食品ロス問題の現状と、同社の取り組みが社会や経営にもたらす意義についての説明会を定期的に開催しました。
- 「もったいないボックス」を設置し、従業員が個人的に持ち帰りたい食材(非売品)を低価格で提供。食品ロスへの意識を日常生活にも広げるきっかけとしました。
- プロジェクトの進捗状況と成果を社内報や朝礼で定期的に共有し、目標達成時には部署横断での表彰を行うなど、従業員のモチベーション向上に繋げました。
導入プロセス、かかったコストと運用上の負担
このプロジェクトの導入は、特別な高額設備投資を伴うものではありませんでした。
- 導入経緯: 経営トップが食品ロス問題の深刻さを認識し、経営会議でこのテーマが提案されました。
- プロセス: まずは経営企画部門と製造部門の若手社員を中心にプロジェクトチームを結成しました。外部コンサルタントを招かず、社内で書籍やインターネットを通じて情報収集し、成功事例を参考にしながら自社に合った方法を模索しました。
- 初期の課題は、各工程でのロス量を正確に把握するためのデータ収集の「手間」でした。手書きの日報から始まり、簡易的なExcelシートでの入力へと移行することで、徐々に定着させていきました。
- 従業員からの抵抗も当初はありましたが、「なぜこれが必要なのか」「自分たちの仕事がどう変わるのか」を丁寧に説明し、納得感を醸成することに注力しました。特に、食品ロス削減が従業員自身の働きがいや、地域貢献に繋がることを繰り返し訴えました。
- コスト:
- 初期費用としては、食品ロスに関する知識習得のための書籍購入費や、簡易な需要予測ツールのサブスクリプション費用(年間数万円程度)が挙げられます。
- 運用コストは、主にデータ入力や集計、会議に要する「従業員の時間」でした。しかし、これらの作業も慣れることで効率化が進み、またそれ以上に得られるメリットの方が大きいと感じられるようになりました。
- 新商品開発においては、既存設備を活用し、新たな設備投資はほとんど行いませんでした。
取り組みによって得られた具体的な成果
「地元の恵み」の「もったいないをなくそうプロジェクト」は、着実な成果を上げました。
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廃棄物処理費の劇的な削減:
- プロジェクト開始前の年間約1,500万円だった廃棄物処理費は、2年後には年間約750万円にまで半減しました。これは、年間で750万円もの直接的なコスト削減に繋がり、会社の利益率を大きく改善させました。
- 食材ロス率も、プロジェクト開始前の平均15%から、5%まで低下し、原材料費の抑制にも貢献しました。
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生産性の向上と業務効率化:
- 需要予測の精度向上と製造計画の見直しにより、製造ラインの無駄な稼働が減り、従業員の手待ち時間が削減されました。これにより、残業時間の平均が月間で約10%減少しました。
- 従業員がロスの原因を自ら分析し、改善策を考案する習慣が生まれたことで、各工程でのボトルネックが解消され、全体的な生産効率が向上しました。
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従業員のモチベーションとエンゲージメントの向上:
- 「自分たちの手で無駄をなくし、会社に貢献できた」という成功体験が、従業員一人ひとりの達成感と働きがいを大きく高めました。
- 「もったいない活用レシピコンテスト」など、主体的な参加を促す取り組みが、部署間のコミュニケーションを活性化させ、チームワークの強化に繋がりました。
- 社内アンケートでは、「自分の仕事が社会貢献に繋がっていると感じる」と回答した従業員の割合が、プロジェクト開始前の40%から85%に増加しました。離職率も前年比で2ポイント低下しました。
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企業イメージの向上と新たなビジネス機会の創出:
- 食品ロス削減の取り組みは、地元メディアやSNSで紹介され、地域の環境意識の高い消費者からの支持を獲得しました。「地元の恵み」は、環境に配慮した企業として高い評価を得るようになりました。
- 規格外品を活用した限定商品は、特定の販売チャネルで好評を博し、新たな収益源としての可能性を示しました。また、余剰食品を地域のフードバンクへ寄付する活動を通じて、地域社会への貢献も実現し、企業ブランド価値の向上に繋がっています。
他社への示唆:小さな一歩から始めるサステナブル経営
「地元の恵み」の事例は、中小企業がサステナブル経営に取り組む上で、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
- 高額な投資は不要: 食品ロス削減は、特別な大規模設備を導入せずとも、現状分析と業務プロセスの見直し、従業員の意識改革といった「ソフト面」からのアプローチで大きな成果が得られることを示しています。
- 現場の力を引き出す: 従業員一人ひとりの「もったいない」という意識や、日々の業務で培った知恵を引き出し、改善活動に巻き込むことが成功の鍵となります。トップが方向性を示しつつ、現場が主体的に動けるような環境を整えることが重要です。
- 「無駄の削減=コスト削減」: サステナブルな取り組みは、時に直接的なコスト削減に直結します。特に、廃棄物処理費や原材料費の削減は、中小企業の経営にとって大きなメリットとなります。まずは自社の事業活動における「無駄」を特定し、そこから改善を始めることが現実的な一歩です。
- 多角的なメリットを享受: コスト削減だけでなく、従業員のモチベーション向上、企業イメージ向上、新たな取引先の獲得といった、財務諸表には現れにくい無形資産の価値も高まります。これらの相乗効果が、企業の持続的な成長を支える基盤となります。
サステナブル経営は、決して特別な企業だけのものではありません。地道な取り組みの積み重ねが、企業の未来を形作り、競争力を高める力となることを、「地元の恵み」の事例は雄弁に物語っています。まずは自社でできる「小さな一歩」から始めてみてはいかがでしょうか。